Have a rice day!

ニュースレター Vol. 6

目次:

カリフォルニア米の用途/ 北川

おコメを研ぐ文化/ マックファーランド

次回予告   

新米について 等/ 北川 等

 

カリフォルニア米の用途

カリフォルニアのおコメの作付けなどは以前にお話しいたしました。殆どはカルローズと呼ばれる中粒種です。
さて、 この中粒種を中心とするカリフォルニア米はどのように使われているのでしょうか。
先ず仕向け先を見てみますと、やはり大半(60%)は国内消費されております。使用用途はもちろん食用も
主ですが、昨今は加工用原料としての使われ方も多くなっております。特にビール原料や朝食用シリアル、離
乳食などが主な使用用途です。また近年ペットの成人病問題もあって、おコメをペットフードに使用するケー
スも増えております。

国内消費以外の物は当然輸出です。その輸出も近年様変わりしております。以前はカリフォルニア米は中近東
特にイラン・イラク、ヨルダン、そしてトルコ、地中海沿岸のアフリカ地域などに主に輸出されていました。
しかし、日本の緊急輸入に始まり、ガット・ウルグアイラウンドの決定で日本や韓国が海外からのコメ輸入を
開始する事になりました。特に日本はその輸入の半分をアメリカから行うこととして、カリフォルニアから購入
を開始しました。それによって輸出相手国としては一躍日本がトップに躍り出て、中近東の国々はトルコを除い
て消えていってしまいました。現在日本はカリフォルニアの生産の25−6%程度を買っています。そしてトルコ
を中心とした中近東の合計は10%未満にまでなってしまいました。そして今年WTOに加盟した台湾もその輸入の
半分をカリフォルニアから購入する事として、急に加わってきました。その量は年間で8万トン程度と言われ、
カリフォルニアの10%近くになることが予想されています。 このように見てきますとカリフォルニアは東アジ
アの先進国向けの政府間取引のコメを多く作っていると言うことが言えるかも知れません。
元々コメを主食としないアメリカのコメに対する政策はやはり戦略物資的な色合いが濃いのかも知れません。

食用米の需要も国内では少しずつではありますが堅調な伸びを示しています。これはもちろんコメを食べる人口が
人口構成比の中で一番伸びていると言うことから来ています。人口の伸びは主にヒスパニック系とアジア系と言われ、
それらは主食をコメにしているからです。またその大きな動きの陰に見逃せないのが、毎日の主食とまでは行かない
がコメを食べる頻度がアメリカ全体に高くなりつつあると言うことです。昨今弊社のコメの試食販売のレポートを見
ますと特に一般のアメリカ人がご飯に対して興味を可成り持っていることが揚げられています。特に胚芽米などの健
康志向の商品には興味を持っていただいているようです。胚芽米に関してはヤフーのショッピングサイトに出されたり、
雑誌や新聞からの問い合わせも多くなってきました。ご飯は「ファーストフード」に抵抗のある人々の間で、手間はか
かりますが「スローフード」としてアメリカでも確実に浸透し始めていると感じ始めています。

話は少しずれますが、前回も紹介いたしましたが、カリフォルニアはおコメ作りには適しております。気候面で生育期
間中乾燥しており、農薬の使用が限られております。また、農薬の使用にも可成りの制限や規則があり、農薬の使用は
必ずその地域の郡に届けを出す必要があります。これはまた農薬の使用の履歴を見るにも大変便利です。日本では昨今
食の安全性と言うことでニュースに昇らない日が無いくらいいろいろなことが起こっているようです。特に中国の冷凍
野菜などでは製品を検査した段階で可成りの農薬が検出されると行った事も起こっております。日本ではおコメに関し
ても「トレーサビリティー」と言われてコメの履歴を管理する動きが多くなってきているようです。その意味でもこち
らカリフォルニアは農家がどういった薬剤を使用したかを調べるには既に環境的には進んでおり、それらを取ることは
可能です。しかし、多くのコメ取扱業者はカリフォルニアの場合ロットが大きいためそこまでの履歴を全て集めて管理
することは容易ではありません。幸い弊社は小規模で農家の数も限られるためこれらを行うことは可能だと思います。
この作業を今年から進めていこうと考えております。まだ構想段階で具体的にどのような形で皆さんに提供できるかは
解りませんが、こういった値段だけではないサービスを行うことで皆様に安心して食べていただける物をお届けするこ
とをモットーに小さいながらもこれからも頑張っていきたいと思っております。

次回は「新米」についてお話しさせていただきます。 (北川正巳)

 

おこめを研ぐ文化

Kaoru McFarland

おこめを研ぐことはそんなに大変なことなのでしょうか?水を流しすすぐことなしに、おこめを炊くことに抵抗はない
のでしょうか?私は未だ無洗米に巡り会っていませんが、もし洗わなくてもよい、水を加えるだけということになって
も、やはりおこめをすすぐくらいはしてしまうのではないでしょうか?祖父母と同居していた折りに“キュキュ”とい
う祖母のおこめをとぐ音が何故かとても小耳に心地良かったのを覚えています。確かにこめのとぎ汁の問題は無視でき
ないことでしょう。しかしこめを研ぐ文化が消えてなくなるのは、非常に心もとない気がするのです。無洗米を食べて
いるという主婦から、寒い冬、冷たい水に触らなくてすみます。助かっていますという声がありました。確かにそうか
もしれません。しかし主食として長い間、日本人の食を支えてきたおこめに手間を賭けてあげても良いのではないでし
ょうか?米粒ひとつひとつに愛着を持ち、残すことに罪悪感を持っても良いのではないでしょうか?今おこめをとぐ文
化が消えてなくなることは、おこめに対する日本人の気持ちをも変えてしまうような気がし、恐ろしく感じているのは
私だけなのでしょうか? 無洗米に関しては年配の方ほど、洗わないなんて..と否定的だと聞きます。私もその年配の
主婦なのでしょう。割り切れないものが残ります。

Kaoru McFarland

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